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幼児教育・保育の無償化と婚姻費用分担額との関係

幼児教育・保育の無償化制度の開始を理由とする婚姻費用分担額減額の主張が認められなかった事例

【裁判所】東京高等裁判所決定
【年月日】令和元年(2019年)11月12日
【出典】家庭の法と裁判29号70頁
【事案の概要】
相手方と抗告人との間には2人の子どもがいるが、夫婦は別居しており、相手方は2人の子どもとともに実家で生活していた。
相手方が抗告人に対し婚姻費用分担を求めた。
原審は、双方の年収(相手方は無収入)を前提に標準算定方式に基づいて抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用分担額を算定し、更に、長女の私立幼稚園の費用と別居前にしていたのと同等の稽古事の費用について、標準算定方式で考慮済みの学校教育費相当額を超過する額の2分の1相当額である1万6000円を加算して抗告人の婚姻費用分担額を定めた。
これに対し、抗告人が複数の抗告理由を主張して抗告した。
抗告人は、抗告理由のひとつとして、令和元年(2019年)10月から幼児教育・保育の無償化が開始されるから、私立幼稚園の費用を加算するとしても同月以降無償とされる費用相当額を控除すべきであると主張した。
【決定の概要】
抗告人は,原審判が婚姻費用に加算した月額1万6000円の長女の教育費について,令和元年10月から幼児教育・保育の無償化が開始し,幼稚園についても月額2万5700円までは無償化されるから,教育費の加算に当たっては,同額を控除すべきである旨主張するが,幼児教育の無償化は,子の監護者の経済的負担を軽減すること等により子の健全成長の実現を目的とするものであり(子ども・子育て支援法1条参照),このような公的支援は,私的な扶助を補助する性質を有するにすぎないから,上記制度の開始を理由として令和元年10月からの婚姻費用分担額を減額すべきであるとする抗告人の主張は採用できない。

説明

■私立幼稚園・習い事等の費用と婚姻費用

婚姻費用の算定の基準として実務で広く利用されている標準算定方式では、公立の学校教育費を考慮して婚姻費用を標準化しています。
したがって、私立幼稚園や習い事の教育費は含まれていません。
そのため、標準算定方式で考慮されている学校教育費を上回る私立学校や習い事にかかる教育費の分担が問題となります。
本件では、標準算定方式で考慮されている学校教育費を上回る部分の2分の1相当額について、抗告人が負担すべき婚姻費用に加算されました。

■幼児教育の無償化制度の開始を理由として婚姻費用分担額は減額されない

本決定は、令和元年10月からの幼保無償化開始を理由として婚姻費用分担額を減額すべきではないとしました。
幼保無償化は、保護者の経済力にかかわらず子どもに必要かつ十分な教育を施すことを趣旨・目的とした給付であることからも、本決定が「このような公的支援は,私的な扶助を補助する性質を有するにすぎない」として婚姻費用分担額を減額しなかったことは妥当と考えられます。

■児童手当・高校授業料無償化も婚姻費用分担額に影響しない

本件に先立つ判例として、子ども手当(当時)や公立高校授業料不徴収制度(無償化)について、同様に、婚姻費用分担額に影響を及ぼすかが問題となった事例があります。
以下の判例のとおり、婚姻費用を受領する当事者が子ども手当を受給していることや公立高校授業料不徴収制度が開始したことは、婚姻費用分担額に影響を及ぼさないとされています。


【裁判所】福岡高裁那覇支部決定
【年月日】平成22年(2020年)9月29日
【出典】家裁月報63巻7号106頁
【決定の概要】
抗告人は,相手方が長男に係る子ども手当を受給しているから,これを相手方の収入に含めるベきであると主張する。子ども手当制度は,次代を担う子どもの育ちを社会全体で応援するとの観点から実施されるものであるから,夫婦間の協力,扶助義務に基礎を置く婚姻費用の分担の範囲に直ちに影響を与えるものではない。
抗告人は,長女が通う公立高等学校の授業料が無償化されたから,相手方の生活費がそれだけ減少したと主張する。公立高等学校の授業料はそれほど高額ではなく,長女の教育費ひいては相手方の生活費全体に占める割合もさほど高くはないものと推察されるから,授業料の無償化は,抗告人が負担すべき婚姻費用の額を減額させるほどの影響を及ぼすものではない。
また,これらの公的扶助等は私的扶助を補助する性質のものであるから,この観点からも婚姻費用の額を定めるにあたって考慮すべきものではない。
(本決定の許可抗告審は高裁の判断を認めて抗告棄却した。最高裁第二小法廷平成23年3月17日決定)

 


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